「人にしかできない仕事」のリストには、日付が要ります
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「人にしかできない仕事」のリストには、日付が要ります

「この仕事は人にしかできない」。AI導入を検討する会社は、たいていこのリストを作ります。リストを作ること自体は健全です。問題は、そこに日付がないことです。AIにできることの境界線は、毎年動きます。一度引いた線を固定した会社は、去年の地図で今年の道を歩くことになります。本稿の主張は単純です。要るのは正しいリストではなく、線を引き直す仕組みです。年に一度、主要業務を「今のAIでどこまでできるか」で再判定する定例行事を、予定表に入れることを提案します。

同じデータから「47%」と「9%」という桁違いの推計が生まれました

2013年、オックスフォード大学のフレイとオズボーンは、論文「雇用の未来」で、米国の雇用の47%が今後10年から20年で自動化される高いリスクにあると推計しました。世界中で引用された数字です。ところが2016年、アルンツらがOECDの報告書で同じ職業データを検討し直すと、高リスクの推計はOECD平均で約9%まで下がりました。5倍を超える開きです。

種明かしをすると、違いは前提の置き方にあります。前者は職業を丸ごと一つの単位として「この職業は自動化されるか」を判定しました。後者は職業の中身を作業単位に分解し、「この職業のどの作業が自動化されるか」を判定しました。同じ現実を見ても、単位の切り方ひとつで推計は桁が変わったのです。

ここから引き出すべき教訓は、「専門家の予測は当てにならない」ではありません。一流の研究者が誠実に取り組んでも、「どの仕事が残るか」は一度の予測で確定できる種類の問いではない、ということです。前提の置き方で答えが桁で動く問いに対して、正解を一発で当てようとする構えがそもそも間違っています。予測の精度を競うより、予測が外れてもすぐ気づける仕組みを持つほうが、経営としては確実です。

なお、この二つの推計はいずれも生成AIが普及する前のものです。技術的な可能性の見積もりであって、実際の雇用の増減を予言するものでもありません。ここで借りたいのは個々の数字ではなく、「境界線の推計は前提次第で大きく動く」という構造のほうです。

境界線は能力の問題ではなく、日付の問題です

以前、AIの失敗は苦手な仕事ではなく「そこそこできる仕事」で起きることを論じました。あれは、今日の時点で線をどこに引くかという話でした。本稿はその続編です。仮に今日の線を正しく引けたとしても、その線は来年、別の場所にあります。

思い出してみてください。自然な文章を書くこと、長い資料を要約すること、会議の録音から議事録を起こすこと、動くプログラムを書くこと。どれも数年前まで「AIには無理」の側に置かれていた仕事です。線は静かに、しかし確実に動きました。契約書の下読み、見積の下書き、応募書類の一次整理、問い合わせ対応の返信案。いま「人の仕事」の側にある業務のいくつかも、来年は線の向こうにあるかもしれません。

ところが多くの組織では、一度「これは人の仕事」と分類された業務は、再判定のないまま座り続けます。導入の現場で繰り返し見てきたのは、技術の限界ではなく判定の日付切れです。2年前、3年前の「AIには無理」という結論が、誰にも見直されないまま今年の意思決定を縛っている光景です。札は貼られた瞬間から古び始めるのに、札には日付が書かれていません。

処方は「境界線の年次点検」という定例行事です

処方を「境界線の年次点検」と名付けます。決めごとは三つだけです。

第一に、リストに日付を入れます。「この業務は人にしかできない」ではなく、「この業務は2026年時点では人がやる」と書きます。断定を判定に変える、一語の修正です。自社に当てる質問はこうです。「うちの業務分担の資料に、判定した年月が書いてあるか」。

第二に、年に一度、自社の十問で再判定します。道具は新しく作る必要はありません。別稿で提案した、自社の実際の仕事から作る十問の腕試しと同じものです。主要業務ごとに、実物に近い題材を十問用意し、今のAIに解かせて採点します。世間のランキングや記事の評判ではなく、自社の題材で測ることが肝心です。質問はこうです。「来年のいつ、誰が、どの業務を再判定するか、予定表に入っているか」。

第三に、「去年できなかったからできない」を禁句にします。年次点検の場で唯一禁止する言い回しです。去年の結果は去年の記録であって、今年の証拠ではありません。今年の証拠は、今年解かせた十問の採点結果だけです。質問はこうです。「昨年の判定を、今年の判断の根拠に使っていないか」。

三つに共通するのは、議論を「できるか、できないか」という水掛け論から、「いつ測ったか、次はいつ測るか」という点検の話に変えることです。点検には結論の勝ち負けがないので、社内の対立も生みにくくなります。

「毎年見直すのは大げさだ」という反論には、こう答えます

当然の反論があります。業務の分類を毎年やり直すのは工数が重すぎる、というものです。

答えは二つあります。まず、やり直すのは分類作業の全部ではありません。十問を解かせて採点するだけなら、主要業務ひとつあたり半日もかかりません。しかも点検の結果の大半は「今年も人がやる」で終わってかまいません。点検の価値は、静かに線を越えていた一割を見つけることにあります。設備の点検で毎年何も見つからなくても、点検をやめる理由にならないのと同じです。

もうひとつは、比較の相手を正しく置くことです。年に半日の点検が高いかどうかは、点検しなかった場合の代償と比べて決まります。境界線の移動に3年気づかない会社は、その3年分の人件費を線の向こう側の業務に払い続けます。さらに、先に気づいた競合との差は、費用ではなく速度の差として表れます。半日の点検は、この二つに対する保険としては安い部類です。

まず三十分でできることは、リストに日付を入れることです

今週、三十分だけ確保してください。担当は経営者本人か、業務全体を見渡せる人が一人で足ります。

最初の15分で、業務分担表や過去の検討資料、会議の記憶から、「これは人にしかできない」と判定済みになっている業務を書き出します。与信の最終判断、重要顧客への謝罪、採用の見極め、価格の決定など、5個から10個も出れば十分です。次の10分で、それぞれに「その判定はいつのものか」を書き添えます。思い出せなければ「不明」と書きます。最後の5分で、判定が1年以上前のものと「不明」のものに印を付け、その中から来月の会議で再判定する業務を一つだけ選びます。

これで、日付のないリストが点検台帳に変わり始めます。

締めくくりに、視点をひとつ変えます。「人にしかできない仕事」を正しく言い当てる競争に、勝ち続けられる会社はありません。勝てるのは、自分の判定の間違いに一番早く気づく会社です。リストを作ることをやめる必要はありません。日付を入れてください。点検日を予定表に入れてください。禁句をひとつ定めてください。境界線は来年も動きます。動くことを前提に組んだ会社だけが、線の移動を脅威ではなく、先に気づいた者の利益に変えられます。

(出典注:カール・ベネディクト・フレイとマイケル・オズボーンによる2013年の論文「The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerisation?」(オックスフォード大学)は、米国の雇用の47%が自動化の高リスクにあると推計しました。一方、メラニー・アルンツ、テリー・グレゴリー、ウルリッヒ・ツィーラーンによる2016年のOECDワーキングペーパー「The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries」は、職業単位ではなく作業(タスク)単位で再推計し、高リスクの雇用はOECD平均で約9%にとどまるとしました。いずれも生成AI普及前の推計であり、技術的可能性の見積もりであって、実際の雇用の増減を予言するものではありません。)