「AI活用率」を目標に掲げた瞬間、その数字は実態を映さなくなる
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「AI活用率」を目標に掲げた瞬間、その数字は実態を映さなくなる

「全社員のAI活用率80%」。経営会議でこの数字が目標として掲げられた瞬間、その数字は現場の実態を映さなくなります。社員は仕事のためではなく、数字のためにAIを開くようになるからです。週に一度ログインして一往復だけ会話し、活用済みとカウントされる——これは社員の怠慢ではなく、指標を目標に昇格させたときに働きやすい力学です。本稿では、この力学を五十年前に見抜いた法則を手がかりに、壊れにくい測り方の原則を示します。

「活用率80%」の中身は、誰も見ていません

AI導入を進める企業の多くが、進捗を測る物差しとして「活用率」を選びます。ライセンス数に対するログイン率、週あたりの利用回数、部署別の利用者比率などです。測ること自体は自然な発想です。問題は、その数字が経営会議の目標になり、部門長の評価に紐づいた瞬間に起きます。

数字を上げる最短経路は、仕事の質を変えることではありません。開いて閉じることです。朝礼のついでに一度だけ質問を投げる、議事録の最後の一文だけAIに書かせる、といった行動です。どれも「利用」としてカウントされますが、業務は何も変わっていません。しかも報告される数字は上がり続けるため、経営層からは順調に見えます。実態と数字の乖離が静かに広がることこそ、この罠のいちばん厄介な点です。

指標の崩壊は、五十年前に予言されていました

この現象には名前があります。グッドハートの法則です。由来は、英国の経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に金融政策を論じた論文に残した観察にあります。「観測された統計的規則性は、制御の目的で圧力をかけられると崩れる傾向がある」。中央銀行が通貨供給量を政策目標に据えた途端、それまで安定していた経済指標との関係が崩れた、という文脈でした。

今日広く知られる簡潔な言い方は、別の人物によるものです。人類学者マリリン・ストラサーンが1997年、英国の大学評価制度を論じた論文でこう定式化しました。「測定が目標になると、それはよい測定ではなくなる」。由来はグッドハート、定式化はストラサーンです。二つは区別して覚える価値があります。

もともとはマクロ経済や大学制度という大きな仕組みについての観察です。ただし、同じ力学は一つの会社の一つのKPIでもそのまま働きます。測られる側が数字の作られ方を知っていて、数字を上げる動機を持つ——この二つの条件が揃えば、組織の規模を問わず指標は歪み始めるからです。

指標は代理にすぎないから、目標にすると壊れます

理由は単純で、指標はつねに「本当に欲しいものの代理」だからです。欲しいのはAIによる業務の質と速さの向上であって、ログイン回数ではありません。代理である間、両者はおおむね連動します。しかし代理のほうに評価や賞罰を直結させると、人は本体を素通りして代理だけを最適化し始めます。連動が切れ、数字だけが残ります。

これはAIに限った話ではありません。経理で処理件数を目標にすれば、簡単な伝票から処理されて難物が滞留します。採用で面接件数を追えば、見込みの薄い候補者との面接が増えます。営業で見積の提出数を課せば、受注確度を無視した見積が量産されます。導入の現場で繰り返し見てきたのは、社員が不正をするのではなく、指標の言葉どおりに真面目に行動した結果、指標の意図が死ぬという光景です。

ここで「ならKPI自体をやめるべきか」という疑問が浮かびますが、それは行き過ぎです。壊れるのは測定そのものではなく、測定を目標や賞罰に昇格させる接続の仕方です。測ることはやめず、接続を設計し直すのが正解です。

KPIが壊れ始めたサインは三つあります

壊れかけた指標には兆候があります。次の三つの問いで診断できます。

最初のサインは、数字は上がっているのに現場の景色が変わらないことです。判定質問は「この数字が示す変化を、具体的な業務名で三つ挙げられますか」。挙がらなければ、数字だけが動いています。

二つ目のサインは、数字の定義に関する問い合わせが増えることです。「どこまでやれば利用一回と数えられますか」という質問は、社員が仕事ではなく数え方を最適化し始めた合図です。判定質問は「定義の確認が、成果の相談より多くなっていませんか」。

三つ目のサインは、数字を集計する人と数字で評価される人が同じになっていることです。自己申告の活用率が評価に直結していれば、数字は上振れしがちです。判定質問は「この数字を悪く報告すると損をする人が、この数字を作っていませんか」。

壊れにくい測り方の原則も三つあります

では、どう測れば壊れにくいのか。原則は三つです。

一つ目は、活動量ではなく業務の変化を測ることです。ログイン回数や利用時間は活動量です。代わりに「与信判断の一次回答までの時間」「契約書の一次案が出るまでの日数」など、業務側の変化に近い指標を選びます。活動量は上げやすく、変化は偽装しにくいからです。

二つ目は、指標を対にすることです。速さを測るなら、必ず質の指標を隣に置きます。処理時間を縮める目標だけなら、確認を省くことが最適解になってしまいます。「一次案の作成時間」と「差し戻し率」のように、片方を偽装するともう片方が悪化する組み合わせを選びます。

三つ目は、測定と評価を分けることです。同じ数字でも、実態把握のために見るのと賞罰に使うのとでは、数字にかかる圧力がまったく違います。導入初期の活用データは個人の評価に使わないと宣言し、実際に使わない——この宣言があるだけで、数字は正直さを保ちやすくなります。

「測らなければ管理できない」という反論に答えます

こう述べると、「測定をゆるめたら投資判断ができない」という反論が返ってきます。もっともな懸念ですが、本稿の主張は測定の放棄ではありません。むしろ逆です。壊れた指標こそ判断を誤らせます。活用率95%という数字を信じて追加投資したのに、実態は空回りだった。そうした判断ミスのほうがはるかに高くつきます。三つの原則は測定の精度を守るための投資であって、管理の放棄ではないのです。

なお、本サイトでは別稿で、AIの成果を「削れた時間」で測ってはいけないという「何を測るべきか」の問題を扱いましたが、本稿はそれとは別の、選んだ指標を目標に昇格させたときに生じる歪みの話です。よい指標を選んでも、目標への昇格のさせ方を誤れば同じように壊れます。指標の中身の問題ではなく、指標と評価をつなぐ力学の問題です。

まず三十分で、測り方の点検から始めます

月曜の朝、三十分で次の三つを実行してください。

最初の十分で、いまAI導入に関して追いかけている数字をすべて書き出します。活用率、利用回数、ライセンスの消化率などです。経営会議の資料から拾えば十分です。

次の十分で、それぞれの数字に先ほどの三つの判定質問を当てます。一つでも引っかかった指標に印をつけます。

最後の十分で、印のついた指標について二つだけ決めます。隣に置く対の指標を一つ選ぶことと、「この数字は当面、個人の評価に使わない」と次の会議で宣言する一文を書くことです。作業の担当はDX推進の責任者、宣言するのは経営者自身です。

指標は道具であり、目標はその先にある業務の変化です。次の経営会議では、活用率の達成度を問うのをやめてください。代わりに「その数字で、どの業務がどう変わったか」を部門長に語らせてください。数字は語れるのに業務が語れないなら、そのKPIはすでに壊れています。壊れてから捨てるのではなく、壊れる前に測り方を設計し直しましょう。

(本文のグッドハートの法則に関する記述は、経済学者チャールズ・グッドハートが1975年の論文「Problems of Monetary Management: The UK Experience」で示した「観測された統計的規則性は、制御目的の圧力がかかると崩れる傾向がある」という金融政策上の観察に基づきます。広く知られる定式「測定が目標になると、よい測定でなくなる」は、人類学者マリリン・ストラサーンが1997年の論文「'Improving ratings': audit in the British University system」(European Review誌)に基づきます。)