AIが定型を引き受けると、仕事は減らずに煮詰まる
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AIが定型を引き受けると、仕事は減らずに煮詰まる

AIが定型作業を引き受ければ、人の仕事は楽になる。多くの経営者がそう期待します。しかし現場で起きるのは、仕事が減ることではありません。定型が抜けた後には、クレーム、イレギュラー、判断、交渉といった「難しい2割」だけが残り、一日がそれで埋まっていきます。仕事は減るのではなく、煮詰まるのです。残った仕事の密度に合わせて役割・評価・休み方を設計し直さない会社では、楽になるはずだった職場が、かえって疲れる職場に変わります。本稿では、その力学と設計の型を示します。

銀行の窓口係は消えず、仕事の中身が入れ替わりました

現金自動預け払い機、いわゆるATMが米国に広がり始めたとき、銀行の窓口係という職業は消えるだろうと予想されていました。ところが実際の数字は逆に動きました。ボストン大学のジェームズ・ベッセンが2015年の著書『Learning by Doing』と同年の論考で示した分析によれば、1988年から2004年にかけて、米国都市部で一つの支店を回すのに必要な窓口係は平均20人から13人へ減りました。一方で、支店の運営費が下がったため、銀行は都市部の支店網を43%増やしました。その結果、窓口係の雇用は失われなかったのです。

注目すべきは雇用の数ではなく、仕事の中身のほうです。現金を数える作業が機械へ移った後、窓口係の仕事は、顧客の相談に乗り、関係を築き、金融サービスを案内する仕事へ入れ替わりました。肩書は同じまま、求められる能力も一日の疲れ方も、別の職業と呼べるほど変わっています。

ここに、繰り返し観察されてきた力学があります。自動化は職業を丸ごと消すのではなく、職業をほどいて作業の束に分け、機械が得意な部分だけを抜き取ります。そして残った部分の性質が、その職業の新しい性質になります。定型が抜ければ、残るのは例外です。AI導入後の仕事の姿を知りたければ、「何がなくなるか」ではなく「何が残るか」を見なければなりません。

なお、この先例にも適用の限界はあります。米国の窓口係の雇用は、スマートフォンでの取引が普及した2010年代以降、減少に転じました。歴史の事例は「機械化すなわち失業」という単純な図式を否定しますが、仕事が永遠に残ることまでは保証しません。本稿がこの事例から借りるのは、残った仕事の中身が入れ替わるという観察だけです。

定型作業には、休息と達成感という隠れた機能がありました

多くの仕事は、導入の現場での実感を目安として言えば、定型8割・例外2割でできています。経理なら、仕訳の大半は毎月同じ型で、月に数件だけ相手先の分からない入金が混ざります。受注処理なら、大半は決まった流れで、ときどき特急対応や仕様変更が割り込みます。AIが得意なのは前者の8割のほうです。だから導入がうまくいくほど、担当者の一日は後者の2割、すなわち難しい案件だけで埋まっていきます。

ここで見落とされがちな事実があります。定型作業は、単なる退屈な仕事ではなかったということです。定型には少なくとも二つの隠れた機能がありました。一つは休息です。頭を使わずに手が動く時間は、難しい案件の合間に頭を回復させる時間でもありました。もう一つは達成感です。件数が積み上がる作業は、「今日はこれだけ進んだ」という実感を毎日与えてくれました。定型が抜けると、この二つが同時に失われます。

そして判断の連続は、作業の連続よりはるかに消耗します。一件ごとに前例がそのまま使えず、相手の感情を受け止め、責任を伴う結論を出す——そういう案件だけが朝から夕方まで並ぶ一日は、同じ8時間でも疲れ方がまったく違います。導入の現場で繰り返し見てきたのは、AIがうまく入った部署ほど、数か月後に「仕事は減ったはずなのに、なぜか前より疲れる」という声が上がる光景です。楽になったはずの職場で人が辞め始めたら、原因は多くの場合、仕事の量ではなく密度にあります。

論点の位置を確認しておきます。別稿では、効率化がかえって資料の量を増やす力学と、浮いた時間の使い道を決めなければ成果が消える問題を論じました。本稿が扱うのは第三の論点、量でも時間でもなく、残る仕事の質と密度です。また、経営者の意思決定に集まる情報と注意の設計も別稿に譲り、ここでは現場の役割設計に絞ります。

残る仕事には「例外濃縮の三点設計」で備えます

処方は、根性でも安易な増員でもなく設計です。私はこれを例外濃縮の三点設計と呼んでいます。濃くなった仕事に合わせて、役割、評価、回復の三点を掛け替えます。

第一に、役割の書き直しです。定型が抜けた担当者の仕事は、もう「処理する係」ではありません。例外を判断し、収め、再発を防ぐ係です。ところが多くの職場では、職務の説明が導入前のまま残り、名前と中身がずれ続けます。残る仕事を言葉にして、職務記述を書き直してください。自社に当てる質問はこうです。「AI導入後のあの人の仕事を、導入前と同じ言葉で説明していませんか」。

第二に、評価の掛け替えです。処理件数は定型時代の物差しです。定型が機械へ移った後も件数で人を測り続ければ、実質的には機械の成果で人を評価することになります。しかも残った例外業務は件数が少なく、一件が重く、うまく収めても目立ちません。件数の物差しの下では、いちばん難しい仕事を引き受けた人がいちばん低く見える逆転が起きます。測る対象を判断の質へ移してください。難しい案件をどう収めたか、判断の根拠を残したか、同じ例外を仕組みの改善へつなげたか。質問はこうです。「評価表のどこかに、いまはAIがやっている作業の件数が残っていませんか」。

第三に、回復の設計です。判断業務の連続時間に上限を置きます。クレームや例外判断だけを一日中続けさせず、午前と午後で案件の重さを混ぜる、重い案件は二人で持ち回る、あえて残した軽い定型作業を合間に挟む、といった並べ方の工夫です。休み方を個人の自己管理に任せず、業務の並べ方の問題として会社が扱ってください。質問はこうです。「難しい案件だけを朝から晩まで浴び続けている人が、いま社内にいませんか」。

「疲れるのは慣れの問題だ」という反論には、構造で答えます

もっともな反論があります。仕事が高度になるのは良いことで、疲れるのは移行期だけだ、慣れれば解決する、という見方です。半分は正しいと考えます。判断の技能は経験で上がり、例外に強い人材は市場価値も高まります。高度化そのものは、本人にとっても会社にとっても歓迎すべき変化です。

しかし、慣れで解決するのは技能の問題だけです。休息の時間が構造的に消えたこと、達成感の源泉がなくなったこと、評価が実態とずれたことは、本人がどれだけ熟達しても解決しません。むしろ熟達した人ほど重い案件が集中し、消耗は加速します。技能は個人が伸ばせますが、密度は会社にしか設計できません。「慣れれば大丈夫」という言葉は、設計の責任を現場の適応力へ静かに付け替える言葉になりがちです。

もう一つ、評価を件数から質へ変えると処理量が落ちるのではないか、という心配も聞きます。順序が逆です。量をこなす部分はすでに機械へ移っています。人に量の物差しを当て続けるほうが、機械と人の分業を壊します。

まず三十分で、残る仕事を書き出します

明日、三十分だけ確保してください。やることは一つです。AIやシステムが定型を引き受けた、またはこれから引き受ける担当者を一人選び、直近一週間の仕事を本人と一緒に「定型」と「例外」に分けて書き出します。聞き手は経営者自身か、その部署の責任者が務めてください。

紙に書くのは三つだけです。例外が仕事全体の何割になったか。重い案件は一日の中でどう並んでいるか。評価表の項目のうち、いくつが定型時代のまま残っているか。この三つが見えれば、三点設計のどこから手を付けるべきかは、ほぼ自動的に決まります。

AIの導入は、仕事を消す取り組みではなく、残る仕事を選ぶ取り組みです。何が残るかを直視し、役割を書き直し、物差しを掛け替え、回復を業務の並べ方に組み込んでください。定型を機械へ渡す判断と、濃くなった仕事を人が続けられる形に整える判断は、別の日ではなく同じ日に下すものです。

(出典注:ATMと銀行窓口係の分析は、ボストン大学のジェームズ・ベッセンが2015年の著書『Learning by Doing』および同年のIMF『Finance & Development』誌の論考で示したものです。なお2010年代以降、米国の窓口係の雇用は減少に転じています。)