「AIで自動化したい業務を一つ挙げてください」。導入検討の場でこう尋ねると、報告書の作成や転記といった定型作業が真っ先に挙がります。しかしその前に問うべきことがあります。その仕事は、そもそも要るのでしょうか。要らない仕事をAIで速くすると、その仕事に「自動化済み」という札が付き、誰も廃止を言い出せなくなります。いちばん速いAI化は、その仕事を消すことです。本稿では、自動化の検討に入る直前に通すべき四つの質問を提示します。
仕事は「必要だから」ではなく「慣性で」残ります
「いま存在する仕事は、必要だから存在しているはずだ」。そう考えたくなりますが、現場で見える実態は違います。読み手の名前を誰も挙げられない日報が毎日書かれています。廃止された定例会議のための資料が、担当者の習慣として作られ続けています。販売システムと会計ソフトへの二重転記が、「昔からそうだから」という理由だけで残っています。
仕事は一度生まれると、発生時の理由が消えても続きます。作る側は疑問を持たず、受け取る側は「相手の仕事を否定したくない」と黙るからです。導入の現場で繰り返し見てきたのは、自動化したい業務のリストの中に、やめてよい業務が何割か混ざっている光景です。この混入に気づかないまま自動化すると、無駄が高速化され、しかも固定化されます。
改善の定石ECRSでは、排除が自動化より先に来ます
この問題に対する答えは、実は八十年以上前に確立されています。生産技術(IE)の分野で定石とされる改善原則「ECRS」です。工程を改善するときは、排除(Eliminate)、結合(Combine)、入れ替え(Rearrange)、簡素化(Simplify)の順に検討せよ、という原則です。源流は1930年代にアラン・モーゲンセンが提唱した作業単純化にあり、戦時期の米国の企業内訓練TWIを通じて定式化され、戦後は日本の製造業の現場改善にも深く浸透しました。
要点は順序にあります。最初に問うのは「その工程をなくせないか」であり、効果はこれが最大です。なくせないなら他の工程と結合できないか、順番を入れ替えられないかを問い、手段を工夫する簡素化は最後に来ます。道具を良くする前に、道のり自体を疑うわけです。自動化は簡素化のさらに先にある選択肢ですから、四つの検討を飛ばしていきなり自動化に向かうのは、定石の完全な逆走です。工場の動作分析から生まれた原則ですが、対象が部品でも書類でも構造は同じで、事務の情報業務にそのまま当てはまります。
なお本稿は、経営レベルで業務全体を設計し直す話とは別です。業務の再設計が会社の設計図の話だとすれば、本稿は工程一つひとつに適用する手順の話です。設計図を描き直す体力がない会社でも、この手順は明日から使えます。
自動化の稟議の前に、四つの質問を通します
ECRSをそのまま、自動化候補の検問所に変換します。候補に挙がった業務一件ごとに、次の四つを順に問うてください。
第一の質問は排除です。「この仕事をやめたら、誰が、いつ困りますか」。困る人の名前と困る場面を具体的に言えないなら、その仕事は排除の候補です。答えが「なんとなく不安」であれば、後述する停止試験に回します。
第二の質問は結合です。「他の仕事とまとめられませんか」。同じデータを二つの帳票に転記している、似た内容の報告を週次と月次で二度書いている、といった重なりが典型です。採用でも、応募者の情報を求人媒体から表計算へ、表計算から人事システムへと二段階で移し替えている例が珍しくありません。そうした重複があれば、二つを一つにしてから考えます。二本の工程を別々に自動化するより、一本にまとめてから自動化するほうが、作る手間も保守の手間も半分で済みます。
第三の質問は入れ替えです。「順番を変えれば、この工程は消えませんか」。与信の確認を受注の後にやっているから、取り消しの連絡業務が発生します。仕様の確定前に見積を作るから、作り直しが常態化します。手戻りを処理する仕事の多くは、仕事そのものの病ではなく順序の病です。順序を直せば、自動化するべき対象が消えます。
第四の質問は簡素化です。「簡単にしてから任せられませんか」。承認が五段階ある、例外分岐が十通りある、といった業務が典型です。そのままAIに渡すと、複雑さごと固定化されます。分岐を三つに減らしてから任せれば、精度も上がり、あとで直すのも楽になります。四つ全部を通過した仕事だけが、自動化の稟議に進む資格を持ちます。
消してよい仕事には、共通のサインがあります
第一の質問で迷ったときのために、排除候補に典型的なサインを挙げます。一つ目は、読み手を言えない報告書です。「誰が読んでいますか」に役職名でなく個人名で答えられないなら、読まれていません。二つ目は、出力を次の工程が使っていない転記や集計です。作った数字がどの判断に使われたか、直近の実例を一つ挙げられるかで判定できます。三つ目は、例外がここ数年一度も起きていない確認作業です。何を防いだか記録がないなら、防いでいません。四つ目は、理由を「昔トラブルがあったから」としか説明できない承認印です。そのトラブルが今の仕組みでも起こり得るかを問えば、要否が分かれます。
一方で、排除の問いを向けてはいけない領域もあります。法令や監査、契約で義務づけられた業務は、社内の判断だけで止められません。排除の対象はあくまで、社内の慣性だけで残っている仕事です。義務かどうか曖昧なときは「根拠となる条文や契約条項を挙げられますか」と問えば切り分けられます。挙げられないのに義務だと信じられている仕事は、意外なほど多くあります。
「速くするだけでも得だ」という反論に答えます
ここまで読んで、こう思われたかもしれません。要る要らないの議論は面倒だ、とりあえずAIで速くすれば、無駄な仕事でも被害は減るのではないか、と。短期的にはその通りです。しかし自動化された仕事は、無料では動き続けません。手順の変更のたびに直しが要り、点検が要り、担当者が替われば引き継ぎが要ります。要らない仕事を自動化した会社は、要らない仕事の保守費を払い続ける会社になります。
もっと大きな損失は、正当化の逆転です。自動化した瞬間、その仕事には投資の実績が生まれます。すると「システムを作ったのだから続けよう」という論理が生まれ、廃止の議論は投資の否定と同義になります。人手の仕事なら「やめませんか」の一言で消えたものが、自動化によって聖域になるのです。消した仕事の保守費はゼロで、廃止の議論も要りません。排除は、最も安く、最も速く、最も後腐れのないAI化です。
まず三十分でできること
月曜の朝に、部門長と担当者の二人でやれる手順を示します。最初の十分で、自動化したい業務の上位五件を紙に書き出します。次の十五分で、五件それぞれに四つの質問を順に当て、結果を「排除候補・結合候補・入れ替え候補・自動化検討」の四つに仕分けます。最後の五分で、排除候補から一件を選び、三十日間の停止試験を宣言します。関係者への連絡は一斉送信で「この業務を三十日止めます。困ったことが起きたら、その場面を具体的に教えてください」と一文送るだけです。そして送信した直後に、三十日後の判定会議をカレンダーに入れます。ここまでやって、月曜の仕事は終わりです。誰からも具体的な支障が挙がらなければ、その仕事は静かに消えます。
AIの導入予算を確保する前に、廃止の試験を一つ走らせてください。自動化候補のリストを四つの質問でふるいにかけ、残った仕事にだけ投資してください。「速くする前に、消す」。この順序を守るだけで、同じ予算がまったく違う結果を生みます。
(出典注:本文のECRSに関する記述は、生産技術(IE)分野の標準的な整理に基づきます。ECRSは、1930年代にアラン・モーゲンセンが提唱した作業単純化(Allan H. Mogensen, "Common Sense Applied to Motion and Time Study", 1932年)に始まり、第二次大戦期の米国の企業内訓練TWIの「仕事の改善(Job Methods)」を通じて、排除・結合・入れ替え・簡素化の順に工程を検討する改善原則として定式化・普及しました。戦後は日本の製造業の現場改善手法として広く定着しています。)

