「AIに社外秘を入れるな」では守れない。情報は三つに分け、判断を紙一枚に載せる
実践

「AIに社外秘を入れるな」では守れない。情報は三つに分け、判断を紙一枚に載せる

「AIに社外秘を入れるな」。情報漏えい対策として、この一言だけを配っている会社は少なくありません。しかしこの一言が現場で機能している姿を、私は見たことがありません。理由は単純です。現場は毎回「これは社外秘に当たるのか」を自力で判断できず、急ぎの日ほど「たぶん大丈夫」に倒れるからです。機能する対策は一つです。情報を「そのまま渡してよい」「加工すれば渡せる」「渡さない」の三つに区分し、その判定基準を紙一枚に載せて配ることです。本稿では、この三区分の作り方を月曜から使える手順で示します。

「入れるな」の一言は、なぜ守られないのでしょうか

守られない原因は、社員の悪意でも不注意でもありません。判断の材料が渡されていないことにあります。顧客名の入った議事録は社外秘でしょうか。製品の型番はどうでしょうか。売価は入れてよくて、原価は駄目なのでしょうか。一言ルールはこれらに何も答えないため、判断は各自の解釈に委ねられます。解釈は人によって割れ、同じ人でも忙しさによって揺れます。

もう一つの原因は、禁止の広さにあります。あいまいなまま広く禁じると、AIは使われなくなるか、会社の目が届かない個人契約の環境で使われ続けるかのどちらかになります。禁止が「影のAI利用」を生む構造は別稿で扱ったため、本稿では踏み込みません。本稿の主題はその一歩手前、つまり「何をどこまで渡してよいか」という区分を実際にどう作るかという実務です。AI利用の最低限のガバナンスを四枚の紙として整理した稿がありますが、本稿はそのうちの一枚、データ区分表の深掘りに当たります。

五十年前の設計原則が、渡し方の答えを持っています

参照したいのは、SaltzerとSchroederが1975年に発表した論文「The Protection of Information in Computer Systems」です。二人は計算機の保護機構に関する設計原則を整理し、その一つとして「最小権限の原則」を挙げました。すべてのプログラムと利用者は、仕事の完了に必要な最小限の権限で動作すべきである、という原則です。注目すべきはその狙いです。悪意ある攻撃への防御である以前に、事故や誤りが起きたときの被害を最小に限定することに置かれています。

一点、射程の限定を添えます。これは計算機システムの内部設計に向けて書かれた原則であり、AIの利用について述べたものではありません。しかし「必要最小限にしか触れさせない」という発想は、人がAIに情報を渡す場面の設計へそのまま橋渡しできます。AIに仕事を頼むとき、その仕事の完了に必要な最小限の情報だけを渡します。ファイルを丸ごと貼るのではなく、判断に必要な部分だけを選んで渡します。渡す量を絞るほど、うっかりの被害は小さくなります。これから示す三区分は、この原則を現場の紙一枚に翻訳したものだと考えてください。

情報は三つに分かれます

区分1は「そのまま渡してよい情報」です。すでに公開しているか、外に出ても実害のない情報がここに入ります。ホームページに載せている製品情報、一般的な業務手順、固有名詞を含まない文章の下書きなどです。

区分2は「加工すれば渡せる情報」です。中身は使いたいものの、固有の識別子が問題になる情報がここに入ります。顧客名を「A社」に置き換えた議事録、金額を伏せた契約書のひな形、氏名と連絡先を外した応募書類の経歴などが典型です。匿名化・置換・要約という加工を一段はさめば、業務に使えます。支援先で区分表を作ってみると、実務で扱う情報の大半は、実はこの区分に落ちることが多いのです。

区分3は「渡さない情報」です。加工すると価値が消えるか、加工の失敗が致命傷になる情報です。個人情報の一覧、秘密保持契約の対象資料、未公表の財務数値、パスワードなどの認証情報がここに入ります。

なお「法人契約のAIは入力を学習に使わないから、区分は要らないのでは」という声をよく聞きます。学習に使われない契約は前提条件であって、十分条件ではありません。誤送信や画面共有、ログの扱いなど、漏えいの経路は学習だけではないからです。契約条件は区分3の範囲を狭める材料にはなりますが、区分そのものを不要にはしません。

区分は一言の質問で判定できます

三区分の定義を配っただけでは、まだ暗記物にすぎません。効くのは、各区分に判定の質問を一つずつ添えることです。

区分1の質問は「明日ホームページに載っても困らないか」です。困らないなら、そのまま渡せます。困るなら次へ進みます。

区分2の質問は「固有名詞と数値を伏せたら、渡して困る理由が残るか」です。残らないなら、加工して渡せます。残るなら最後の質問に進みます。

区分3の質問は「漏れたとき、謝って済むか、それとも契約や法律の問題になるか」です。後者なら渡しません。

この三つの質問を上から順に当てれば、区分はおよそ一分で決まります。判断を現場の暗記や気合いに載せるのではなく、質問の順番という手続きに載せます。これが「紙一枚」の中身です。

誤区分は「文書の種類」で判断すると生まれます

導入の現場で繰り返し見てきたのは、ルールがないから漏れるのではなく、ルールが一言しかないために判断が現場任せになる、という順序です。そして現場任せの判断は、決まって文書の「種類」に頼ります。よくある誤区分を業務の類型で挙げます。

一つ目は顧客名入りの議事録です。「議事録は社内文書だから大丈夫」と区分1に置かれがちですが、顧客名・案件名・金額を含むなら区分2です。置き換えてから要約させるのが正しい手順になります。

二つ目は見積の原価内訳です。見積作成を手伝わせたい一心で、仕入値や原価率をそのまま貼る例が目立ちます。原価構成は競争上の核心であり、多くの会社では区分3、少なくとも比率を丸めた上での区分2として扱うべき情報です。

三つ目は採用の応募書類です。氏名や連絡先を含んだままなら個人情報そのもので、区分3です。氏名を外して経歴の構造だけに要約すれば、区分2として職務要件との照合に使えます。

共通する失敗は「議事録だから」「社内資料だから」という種類での判断です。区分を決めるのは文書の種類ではなく、中に入っている識別子と数値です。だからこそ紙一枚には文書種類の一覧表ではなく、先の三つの質問を載せるべきなのです。

「全部禁止のほうが安全ではないか」に答えます

区分を作る手間を考えると、いっそ全部禁止のほうが安全に見えます。しかし全部禁止には、見落とされがちな害があります。守るべきものの輪郭が消えることです。すべてが同じ重さで「禁止」になると、認証情報を貼ることと、公開済みのパンフレットを貼ることが同列に並びます。人は同列に並んだルールを同列に軽く扱うものです。その結果、本当に守るべき区分3の遵守率まで下がってしまいます。

最小権限の原則の狙いが、被害の限定にあったことを思い出してください。守る対象を絞って明示するほど、守りは強くなります。三区分は現場を自由にする道具である以上に、区分3を確実に守るための集中の道具なのです。

まず三十分でできること

最初の紙は、会議室ではなく実例から作ります。担い手は経営者か、AI活用の推進役の一人で足ります。

最初の十分で、「直近二週間でAIに貼った、または貼るのをためらった文書」を五件書き出します。想像上の例ではなく、実際の業務から取ることが重要です。

次の十分で、五件それぞれに三つの質問を上から順に当て、区分を書き込みます。迷った件は無理に決めず、「迷った例」としてそのまま残します。

最後の十分で、A4一枚にまとめます。載せるのは、三区分の定義、三つの判定質問、そして自社の業務から取った誤区分の例二つだけです。承認フローは要りません。翌朝の朝礼か社内チャットで配り、迷う事例が出るたびに紙へ追記していきます。区分表は完成させる文書ではなく、育てる文書です。

「入れるな」の一言は、対策をした気分だけを残します。今週、あなたの会社で「貼ってよいか迷った文書」を五件集めることから始めてください。区分表はゼロから書き起こすものではなく、その五件から立ち上げるのが最短です。

(出典: Jerome H. Saltzer, Michael D. Schroeder, "The Protection of Information in Computer Systems," Proceedings of the IEEE, Vol. 63, No. 9, 1975年。計算機システムの保護機構に関する設計原則を整理した古典論文で、「最小権限の原則」、すなわちすべてのプログラムと利用者は仕事の完了に必要な最小限の権限で動作すべきであるという原則を提示し、その狙いを事故や誤りによる被害の限定に置いています。)