社員全員がAIで文章を書き始めた会社から、まず消えるのは誤字ではありません。会社の「声」です。AIの初期出力は、誰が使っても似た標準文体に寄っていきます。放っておくと、顧客への手紙も提案書もお詫びも、どの会社が書いても同じ文章に溶けていきます。文体は装飾ではなく、顧客が自社を見分けるための資産です。守る方法は一つしかありません。会社の声を紙一枚に書き出し、全員のAIに同じ一枚を読ませることです。本稿では、その一枚に何を書くかを示します。
AIが書く文章は、放っておくと「誰の声でもない平均」に寄っていきます
生成AIは、世の中にある膨大な文章を学んで動いています。だから何も指定しないときの出力は、最も多く書かれてきた無難な文体、いわば文章の平均値に近づきます。丁寧で、滑らかで、どこにも角がない。そして、どの会社のものでもない声です。
一人が使うだけなら、これは大きな問題になりません。問題は全員が使い始めたときです。営業の見積送付メール、経理の入金案内、経営者名のお詫び、採用応募者への返信、サイトの会社紹介。書き手が「別々の担当者と、それぞれのAI」の組み合わせに変わると、文章は二つの方向へ同時に壊れます。
一つは平均への溶解です。どの文章も同じAI調になり、他社が同じAIで書いた文章と区別がつかなくなります。もう一つはばらつきです。担当者ごとの指示の癖によって、ある文章は妙に軽く、ある文章は過剰に硬く、ある提案書だけ急に横文字が増えます。
顧客はこれを敏感に感じ取ります。長年の取引先から届いたお詫びが、初めて見る軽い調子で書かれていたらどうでしょうか。あるいは、いつも実直な文面だった見積の送付状に、突然勇ましい宣伝文句が並んでいたら。中身が正しくても、「この会社らしくない」という違和感は残ります。導入の現場で繰り返し見てきたのは、AIの誤答よりも先に、このトーンの不一致が顧客との間に小さな軋みを生む場面です。
報道機関は「書き手が増えるほど声は揃わない」ことを百年前から知っていました
多数の書き手の文章を一つの声に揃える。この課題に最も早く直面し、最も徹底して解いてきたのが報道機関です。代表例が、米国の通信社AP(Associated Press)のスタイルブックです。
APは、多数の記者が書いた記事を多数の新聞社へ配信する組織です。記者ごとに表記や文体が違えば、記事を受け取る新聞の紙面はばらばらになります。そこでAPは、1909年には表記や運用を定めた社内向けの規則集を整え、1953年に初めて一般にも買える「スタイルブック」を刊行しました。最初の版はわずか62ページです。1977年には項目を大幅に増やす改訂が行われ、以後この本は、報道の書き方の事実上の業界標準になりました。
ここから引き出せる原理は一つです。書き手が増えたとき、声は自然には揃いません。揃うのは、規則として紙に書き出された部分だけです。優れた記者を集めても、暗黙の了解に任せた部分は必ずばらつきます。だからAPは、才能ではなく文書で声を揃えました。
もちろん、報道の規範のすべてが一般の会社に要るわけではありません。借りるべきは分厚い規則集ではなく、「声は、書き出せば揃えられる」という技術の一点です。そしてAIの時代に、この技術の効き方が変わりました。人間の書き手に規則を浸透させるには年単位の教育が要ります。AIは、一枚読ませれば次の文章から従います。
会社の声は、五つの要素で紙一枚に書き出せます
書き出す一枚を、本稿では「声の定義書」と呼びます。要素は五つで足ります。それぞれに、自社の現状を確かめる質問を添えます。
第一に、呼称と一人称です。顧客を何と呼ぶか、自社を「当社」と呼ぶか「私たち」と呼ぶか。当てる質問は「先月送ったメールの中で、自社の一人称は何種類ありましたか」です。
二つ目は、敬語の水準です。どこまで丁寧に書くのが自社らしいのか。質問は「『させていただきます』を一通に何回まで許しますか」です。
三つ目は、言い切りか、含みかです。結論を「です」と断定するのか、「と考えております」と余地を残すのか。質問は「直近の提案書の結論は、言い切っていましたか」です。
四つ目は、使わない言葉です。安売りに聞こえる言葉、社内でしか通じない略語、そしてAIが好む定型句。質問は「顧客の前で口にしない言葉を、文章でも禁じていますか」です。
五つ目は、声の手本です。この会社らしいと思える既存の文章を三本から五本選びます。質問は「新人に『うちの文章はこれだ』と渡せる実物がありますか」です。
書き上げたら、この一枚を共通プロンプトとして全員に配ります。各自がAIに与える指示の冒頭に、同じ一枚を貼らせるのです。多くのAIツールにはあらかじめ指示を登録しておく機能がありますから、そこに入れておけば、貼り忘れも起きません。以前、プロンプトは個人の技ではなく会社の文書だと論じました。本稿はその文書の中身のうち、最初に書くべき「声」の章にあたります。
ここに逆説があります。全員が同じ定義書を読ませたAIで書くと、人がゼロから書いていた頃より声が揃います。人間の文体は、どれだけ教育しても揃いきりません。AIは、定義を与えれば次の一通から忠実に従うからです。
「文体より中身が大事だ」は正しく、だからこそ文体は仕組みで片づけます
当然の反論があります。顧客が見ているのは中身であって、文体は些末ではないか、というものです。
半分は正しい指摘です。しかし顧客は、中身を毎回丹念に精査してはくれません。文章のトーンは中身より先に届き、信頼するかどうかの最初の判定に使われます。軽すぎるお詫びは、書かれた対応策が十分でも、謝意そのものを疑わせます。中身で勝負したいなら、なおさら文体を個人の感覚に任せず、仕組みで固定するべきです。声の定義書は、文体の議論を毎回やり直さないための道具でもあります。
一方で、限界も明記しておきます。声を揃えても、事実の正確さや、文中の約束の妥当性は別問題です。定義書は表現を統一する装置であって、内容の確認を省いてよい免罪符ではありません。
なお別稿で、文章の生成が無料に近づくほど「人が時間をかけて書いた一筆」の価値が上がることを論じました。本稿と矛盾はしません。日々の文章の大部分をAIと定義書で揃えるからこそ、節目に人が時間をかけて書く一通が、揃った声を背景にいっそう際立つのです。
まず三十分で、書き手の違う五本を並べて読むことから始められます
必要なのは、経営者か、社内で最も文章に敏感な人が一人、三十分だけです。
直近一か月に顧客へ出た文章を、書き手の違うものから五本選びます。見積送付のメール、入金の案内、お詫び、提案書の冒頭、サイトの一文、といった具合です。並べて読み、問いは一つだけ立てます。「これは同じ会社の声に聞こえるか」です。
違って聞こえた箇所に印を付けたら、五要素のうち「呼称と一人称」と「使わない言葉」の二つだけ、その場で書き出します。残りの三つは後日で構いません。二項目でも配れば、翌週のメールから声は変わり始めます。
会社の声は、守ると決めた会社にしか残りません。声の定義書を書き上げ、全員のAIに同じ一枚を配ってください。書き手が何人に増えても一つの声で語る技術を、報道機関は文書で実現してきました。同じことが、いまはるかに小さな手間でできます。
(出典注:本稿で参照したAPスタイルブック(The Associated Press Stylebook)は、米国の通信社Associated Pressが発行する表記・文体の手引きです。APは1909年には社内向けの規則集を整えており、一般向けの初版は1953年(62ページ)、1977年の大改訂を経て、報道分野の書き方の事実上の標準となりました。本稿はこの経緯を、多数の書き手の文体を文書によって一つに揃える技術の実例として参照しています。)

