効率化だけのAI活用では、競合との差はつきません
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効率化だけのAI活用では、競合との差はつきません

AIの使い方には二種類あります。今の業務を速く正確にする「効率化」と、新しいやり方を試す「探索」です。そして放っておけば、組織のAI活用はほぼ例外なく効率化だけに偏ります。問題は、効率化のAIは競合にも同じように使えることです。同じ道具で同じ業務を同じように速くするなら、生まれるのは差ではなく横並びの改善です。差をつけたいなら、AIに割く時間の一部を、成果の見えない実験に意図的に振り向ける必要があります。本稿はその配分の設計について書きます。

二種類の使い方は、放っておくと一種類になります

効率化とは、正解の形が先に分かっている仕事にAIを当てることです。見積書の下書き、経理の仕訳チェック、契約書の一次レビューなどが典型です。物差しは「速く・安く・正確に」で、効果はその日のうちに分かります。

探索とは、やってみるまで価値が分からない使い方です。失注した案件の記録をAIと読み直して受注パターンの仮説を立てる、ベテランの与信判断の勘所を対話しながら言葉にしてみる、人手では諦めていた全契約の支払条件の棚卸しを試しにやらせてみる、といった使い方です。当たるかどうかは事前に分かりません。

二つの違いは、使っている道具ではなく、問いの立て方にあります。同じAIでも「この作業を速くして」と頼めば効率化になり、「この記録から何が言えるか」と尋ねれば探索になります。だからツールを増やしても探索は増えません。

導入の現場で繰り返し見てきたのは、導入直後には両方あった使い方が、数か月で最初に覚えた効率化の数パターンに固定化していく光景です。誰かが禁止したわけではありません。自然にそうなるのです。

なお、これは業務をどう組み直すかという再設計の話ではありません。また、当サイトの既存記事「AIの成果を『削れた時間』で測ってはいけない」が扱った、効率化で浮いた時間の行き先の話とも別です。本稿の主題はその手前、AIに割く時間と注意という限られた資源を、効率化と実験のどちらに配るかという配分にあります。

この偏りは、三十五年前に予告されていました

経営学者のジェームズ・マーチは1991年の論文で、組織の学習には二つの様式があると論じました。既に持っている確実な能力を磨き込む「活用」と、まだ見ぬ可能性を試す「探索」です。

マーチの指摘の核心は、両者の見返りの性質の違いにあります。活用の見返りは確実で、早く、手元に届きます。探索の見返りは不確実で、遠く、しばしば外れます。だから一つひとつの判断が合理的であるほど、組織は活用に傾き、探索は静かに締め出されていきます。短期的に正しい選択の積み重ねが、長期的には自分の首を絞めるのです。マーチはこれを、意思や怠慢の問題ではなく、学習という仕組みそのものに埋め込まれた傾きとして描きました。

マーチの議論は組織学習一般のモデルであり、AIを論じたものではありません。しかし同じ力学は、一社のAI活用という小さな単位でも同じように働きます。効率化の効果は今日の残業時間で確認できるのに、探索の効果は当面どの数字にも表れないからです。なお、この均衡の取り方は後にオライリーとタッシュマンが「両利きの経営」として実務の議論に展開しています。本稿の主題は、その入口にある資源配分です。

自社の偏りは、三つの問いで診断できます

自社のAI活用がどちらに偏っているかは、次の三つの問いで見分けられます。

第一の問いは「その使い方は、正解の形を先に知っていますか」です。速く・安く・正確にで測れるなら活用です。やってみないと価値が分からないなら探索です。利用場面を一つずつ、この問いに掛けてください。

第二の問いは「半年前と、AIの使い方は変わっていますか」です。指示の文面も対象業務もほぼ同じなら、その半年間の探索はゼロだったと判定できます。

第三の問いは「先月、AIで何かを試して失敗した人がいますか」です。失敗の報告が一件もないのは、品質が高い証拠ではなく、誰も新しいことを試していない証拠です。探索には空振りが必ず伴うので、空振りの不在は探索の不在を意味します。

三つとも活用側に振れているなら、マーチの言う偏りはすでに完成しています。責めるべき人はいません。構造がそうさせているのです。

「余裕ができたら実験する」の余裕は、永遠に来ません

ここで当然の反論があります。本業が忙しく、成果の見えない実験に割く余裕はない、というものです。探索は研究開発部門を持つ大企業の話であって、少人数の組織には縁がない、という声も聞きます。

後者から答えます。マーチが描いたのは資源配分の構造であって、規模の話ではありません。むしろ人数が少ないほど全員が日々の業務に呑まれやすく、偏りは速く進みます。小さな組織ほど、放置の代償は大きいのです。

しかしマーチの議論に従えば、順番が逆です。余裕は結果として生まれるものではありません。効率化が生んだ時間は、確実な見返りのある次の効率化に吸い込まれていきます。受注処理が速くなれば受注を増やし、経理が速くなれば締めを早めます。それ自体は正しい判断です。だからこそ、探索は「残った時間でやるもの」ではなく「先に枠を取るもの」として設計するしかありません。予算と同じで、先に確保しなければ存在しなくなる費目なのです。

探索の枠は、小さく固定で設計します

配分の目安として、例えばAIに使う時間の九割を効率化に、一割を探索に、と考えてみてください。この数字自体に根拠を求める必要はありません。大事なのは、一割であってもゼロではないと先に決めることです。

最小の設計は四つの条件でできます。月に半日、テーマは自由、成果は問わない、ただし共有だけは必須——この四つです。

月に半日なのは、続けられる最小単位だからです。テーマ自由なのは、何が当たるか経営者にも分からないからです。成果を問わないのは、問うた瞬間に確実な効率化ネタしか出てこなくなるからです。そして共有を必須にするのは、ここが遊びと実験の分かれ目だからです。成果を問わないなら遊びと同じではないか、という疑問には、こう答えます。個人の空振りも、共有された瞬間に「この道は行き止まりだった」という組織の知識に変わります。探索の成果は打率ではなく、発見の数で測るものです。十回に九回の空振りは、設計どおりの姿です。

半日の中身は大がかりである必要はありません。採用の面接メモから辞退理由の仮説を立てる、過去の見積と実際の原価のずれをAIと突き合わせる、問い合わせ対応の記録から受注につながった初動の共通点を探す、といった程度で十分です。外れても失うのは半日で、当たれば競合が持っていない問いが手に入ります。

まず三十分でできること

経営者自身が、次の三歩を今日進めてください。

最初の十分で、直近一か月に自社でAIを使った場面を十個書き出します。自分の分だけでも構いません。次の十分で、その十個を三つの問いに掛けて、活用と探索に仕分けます。おそらく九個以上が活用側に並びます。最後の十分で、来月の自分の予定表に「探索の半日」を入れ、その報告を次の定例会議の最初の十分で共有すると決めて、周囲に宣言します。

最初の半日は任せずに自分でやってください。経営者が空振りを堂々と共有して見せることが、探索枠を制度として根づかせる一番の近道です。担当者に「実験してみて」と言葉で促すだけでは、確実な仕事がまず優先されます。

追いつく投資と、差をつける投資を分けてください

効率化をやめる必要はまったくありません。それは競争の土俵に残るための、追いつく投資です。ただし、追いつく投資だけをいくら積んでも、先には出られません。競合と違う何かは、成果を約束しない探索からしか生まれないからです。まず自社のAI時間を診断し、来月の半日を予定表に確保し、最初の空振りを自分の口で共有してください。差は、その一割の枠の中から生まれます。

(本文の「活用」と「探索」に関する記述は、ジェームズ・マーチの論文「Exploration and Exploitation in Organizational Learning」(Organization Science、1991年)に基づきます。同論文は、組織学習には既存能力を磨く「活用」と新しい可能性を試す「探索」があり、活用の見返りは確実で早く、探索の見返りは不確実で遅いため、適応的な組織ほど活用に偏っていくと論じました。この均衡論は後にチャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンの「The Ambidextrous Organization」(Harvard Business Review、2004年)などを通じ、「両利きの経営」として実務に展開されています。)